10月14日から11月3日まで、六本木の東京ミッドタウン(以下、ミッドタウン)の秋を彩るデザインイベント「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2022」が開催されている。15回目の開催となる今年のテーマは、「環(めぐ)るデザイン―Design for Sustainable Future―」。デザインを通して持続可能な未来へのヒントを探るさまざまな作品を、ミッドタウン各所で楽しめる。
なかでも注目したいのは、建築家・永山祐子さんによるインスタレーション「うみのハンモック」だ。芝生広場に波のように連なる大小のハンモックは、上に乗ったりタープの日陰で休んだりと、自由に体験できる。JDNでは今回永山さんに、廃棄された漁網をアップサイクルした糸からつくったというインスタレーション作品に込めた思いや、建築家としてサスティナブルというテーマにどう向き合っているかなどお話をうかがった。
海洋ゴミをアップサイクルしてつくった「うみのハンモック」
──インスタレーション作品「うみのハンモック」は、どのように生まれたのでしょうか?
今回は「環(めぐ)るデザイン」がテーマということで、「モノの循環」について考えたときに、マイクロプラスチックが世界中の海に広がるなど、深刻化している海洋ゴミのことが頭に浮かびました。私の夫(藤元明)はアーティストなのですが、海洋調査船に乗船して海洋ゴミ調査の現場からインスピレーションを得るなど、環境問題をテーマにした作品をつくっているんです。それで夫から、海洋ゴミの中でも廃棄された漁網がその多くを占めていると聞き、漁網を使って何かできないかと考えたんです。
一方で、作品が設置されるミッドタウンの芝生広場は、いろんな人が楽しい時間を過ごす場所です。ここにオブジェのような遊具があれば、社会問題をテーマにしながらも堅苦しくなく、遊びながら気づきを得られるものになるかもしれない。そんな考えを重ね合わせていき、「漁網からハンモックをつくろう」という提案にたどり着きました。
──ミッドタウンには商業施設やオフィスがあり、近くには保育園もあるので、訪れる人や時間帯によっても表情が変わりそうですね。
そうですね。最初にイメージした際も、ハンモックの波の上で揺られたり、タープの下の日陰に潜ってテントみたいに休んだり、いろんなレイヤーで人がくつろぐ状況を思い浮かべました。休日は家族連れがピクニック気分で遊んだり、平日の昼間はオフィスワーカーがハンモックで休憩したり、それぞれの時間を過ごしてもらえるといいですね。
夜はここで寝転がって眺める夜景もきれいなので、ライティングをロマンチックな感じにして、デートスポットにもなるといいなと思っています。先日、モックアップをつくって実際に乗ってみたんですが、すごく楽しくて、大人もきっと童心に帰ってしまうと思います。
──今回素材からつくったというハンモックの網は、どうやってつくられているのでしょうか?
廃棄される漁網を原材料に新しい素材をつくる「リファインバース」という会社があって、そこの糸を用いてオリジナルの網をつくっています。原糸は、使い終わったナイロン製の網をペレット(顆粒)状にしてつくるのですが、本当に糸のように細いので、「撚糸(ねんし)」という糸を撚(よ)る作業を繰り返し、少しずつ太くしてロープ状にします。
ロープ状にしたら、子どもの頃に遊んだリリアンという編み機の巨大版のような機械で太い網を編んでいきます。原糸から網になるまで、細かな工程ごとに多様な会社に関わっていただいたのですが、「環(めぐ)るデザイン」というテーマをきっかけに、私自身も素材を“めぐる”旅を経験することができました。
──展示期間の短いインスタレーション作品で、素材からつくるということは珍しいのではないでしょうか。
あまりないと思います。建築では素材からつくることはよくありますが、インスタレーションの場合は制作期間が限られているので、素材の開発からおこなうには、予算的にもスケジュール的にも厳しいんですよね。ただ、今回はこの素材でつくることに意味があると考えたので、挑戦することにしました。ハードルが高いプロジェクトでしたが、関係する会社のみなさんにもコンセプトに賛同いただき、短い期間でつくりあげることができました。
──最も課題となったのはやはりスケジュールでしょうか?
そうですね。素材開発のほか、設営も短期間でやらないといけないため、網の張り方も一つひとつ試し、限られた設営期間でどうしたらスムーズに組み上げられるかを検討していきました。
あとは風対策も大きな課題のひとつでした。たとえば、2025年の大阪・関西万博のパビリオンも手がける予定なのですが、パビリオンの建築の骨組みって、台風が来たときの風荷重をどう設定するかで決まってしまうんです。それくらい野外に設置する施設に関して、風対策はクリティカルな課題なんですよね。
──展示終了後は、作品自体も再びリサイクルされるそうですね。
はい。網は再び回収されて、新しく生まれ変わります。網を張るトラスはスチール(鉄)でできていますが、これもリサイクルが可能なので、もう一度リサイクルの輪に戻せたらと思っています。スチールやアルミなどの金属系は、種類ごとに分類して高熱で溶かして再利用できるため、リサイクル率がすごく高いんですよね。また、網はナイロン、トラスは鉄というふうに、単一素材の組み合わせでつくることで、リサイクルがしやすくなるんです。
実はすでに「会期が終わったら、このハンモックを1つ置きたい」といった問い合わせがチラホラ来ていて。実際に可能かどうかは、これから検討しなければいけませんが、素材をリサイクルするだけではなく、作品そのものもリサイクルできたらすごくいいなと思っていて。海外からの問い合わせもきているので、作品がグローバルに旅してもらえたら嬉しいなと思っています。
──会期前にお問い合わせが来ているのはすごい反響ですね。では、来場者にはどんなふうに楽しんでもらいたいですか?
どの時間に来ても楽しめると思うので、自由な時間を過ごしてもらえたらと思います。そうしてゆっくり時間を過ごしているうちにだんだんと、ハンモックがどうやってできたのか、考える時間もできるかもしれない。そのときは、少しだけ海のことに思いを馳せてもらえたら嬉しいです。
海洋ゴミはいまも増え続ける一方で、解決の糸口がまったく見えない「バベルの塔」のように終焉のない課題です。でも、世界にたくさんある、そういう解けない課題にも向き合わないといけないと思っていて……。堅苦しくなくていいけど、今回のようにちょっとした体験から少しずつ意識を変えていくことが大切なのだと思います。
ゴミを考えるところからはじまる作品づくり
──永山さんは、これまでにもさまざまなアートイベントに参加されています。建築とインスタレーションでは、コンセプトやデザインを決定していくうえで違いはあるのでしょうか。
昨年、山梨県北杜市でおこなわれたアートイベント「HOKUTO ART PROGRAM ed.1」では、森の中にドロップ型の透明テントをつくりましたが、こうしたインスタレーションと建築の違いは、終わり方だと思います。イベントってやはり、終わったあとに大量のゴミが出てしまうんですよね。
なのでインスタレーションの場合は、終わったあとのゴミをどうするか、というところから考えることが多いです。以前、あるイベントで会場構成をしたときは、晒しの布をルーバーのように使ったのですが、再利用してほしいというメッセージを込めて、会期後に折り畳んで参加者の方にお配りしました。
今回、イベントの会期中に東京ミッドタウン・デザインハブでおこなわれる、グッドデザイン賞の「ベスト100」を展示する「GOOD DESIGN EXHIBITION 2022」でも会場構成を手がけるのですが、ゴミを出さないことを目指して、あまり造作はしません。だからといって表現をしないということではなく、デザインで工夫をして、印象的なビジュアルを表現できたらと思っています。
──期間の短い展示とは反対に、恒久施設となる建築を設計するときはどのように素材を選ばれるのでしょうか。
建築の場合は、なるべく長く使ってもらえるように、経年変化しても美しい素材を選ぶようにしています。ある店舗では、経年によって徐々に「味」になっていくといいなと思って、外壁に銅板葺を使いました。あと、よく古い家に行くとタイルだけが当時のままの色で残っていたりしますが、タイルも長く使える素材なので、最近はオリジナルのタイルをつくって使うことも多いです。
──特に好きな素材や、使ってみておもしろかった素材はありますか?
最近では、ある商業施設の屋根にチタンを使いました。チタンはすごく硬く、軽くて丈夫な素材なのですが、金属がもつ特性を活かし、玉虫色に光る酸化皮膜による発色をかけました。反射した部分にも色が映ったのがおもしろかったですね。あと、ポピュラーな素材であるガラスや鉄もよく使いますが、こうした重い素材が軽やかに見えるようなデザインを心がけています。
次ページ:一番サスティナブルなものづくりは、愛されるものをつくること。
- 1
- 2