発表の機会が少なく、制作難易度の高さから卒業後は制作を断念せざるを得ないことも多い学生たちに、キャリアのひとつとなる活路を開いてきた。JDNの姉妹メディアであるコンテスト情報サイト「登竜門」では、2023年10月10日に行われた「AAC 2023」の最終審査会を取材した。
今回の作品設置場所は、東京都品川区西大井に新築されたマンションのエントランスホール。作品は横4.24m×高さ2m×奥行90mの展示スペースに収まるもので、重量は台座置きなら約100kg以下、壁付けなら約50kg以下という条件で募集された。
審査員は、東京藝術大学名誉教授・美術評論家の秋元雄史さん、建築家の西澤徹夫さん、小山登美夫ギャラリーの小山登美夫さん、そしてアーバネットコーポレーション 代表取締役会長 兼 CEOの服部信治さんの4名だ。
23回目となる今回は99名114作品の応募があり、1次審査で入選5点・入賞3点が決定した。入賞して最終審査に進むのは、多摩美術大学4年 美術学部 工芸学科 ガラス専攻の洪 詩楽さんによる「星群」、京都市立芸術大学大学院 美術研究科 彫刻専攻の杉森杏香さんによる「日々泡」、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻の五十嵐俊治さんによる「kasane」。
AACでは、実制作した本物の作品で最終審査を行う。入賞3名には制作補助費20万円が支給され、AAC事務局からの助言を受けて約2カ月間で実際に作品を制作した。最終審査会ではマンションのエントランス空間に作品を仮置きしてプレゼンテーションが行われた。
心にきらめきを。粒ガラスが天体に ― 洪 詩楽「星群」
海が近く星空がきれいに見える街で高校生活を過ごしたという洪さんは「都会のマンションに住む方々に毎日キラキラと輝く星を届けたい」という思いでガラス作品を制作した。「マンション住人の方々には、軽やかな浮遊感をもたらす、心にきらめきを与える作品が、仕事や人間関係に疲れたときの癒しになれば嬉しく思います。その場の雰囲気を楽しんでいただければ」と語る。
精巧さを求めて金属部品を外注した以外は、ガラスを微粉砕して粒ガラスをつくるところからすべて自作。粒ガラスの低温焼成は、自分の好むまろやかさが出る温度を試しながら行った。ひとつひとつ表情が異なり、同じ粒はない。その一粒一粒を小さな星と見立て、それらをひとつにまとめた大小9つの立体を「星群」として壁に展示した。
「3DプリンターでFRP樹脂を用いて“骨”を制作し、中央部に金色のステンレス(チタン)を固定することで、耐震性や耐久性を持たせました。表面に貼るガラスも経年劣化に強い素材です。ガラスの色彩には、空間に合わせて白と金を取り入れました」。回転体を縦に切る造形で尖った部分をなくして安全性に考慮し、中空構造にして重さも軽減した。
審査員からは「9つの立体の間隔や高さは空間に合わせてもう少し調整してもいいのではないか」と空間との調和を模索する質問がなされたほか、服部会長から「9つの立体のうちのひとつにLEDを入れると効果的では?」という提案で仮に照明を当ててみる場面もあった。「礼拝堂的な雰囲気のある空間にも見えそう」など、審査員のイメージを広げる作品でもあった。
また、ギャラリーではなく公共空間に恒常設置するため、強度や安全性に関する質問が多いのがAACの特徴だ。洪さんの作品に対しても強度が懸念され、「設置の際の留め具を1点ではなく2、3点に増やせないか」という指摘があった。
生まれては消えていく日々を石で表現 ― 杉森杏香「日々泡」
「生命をテーマとするなかで泡にたどり着きました。泡は目に見える呼吸であり、息をしている証拠でもある、どこか希望の持てるモチーフだと思います。そしてマンションの吹き抜け構造から、水中に光が差すような美しい光景を想像しました。泡が昇っては消え、また新しい泡ができる様子を目にすることで、住人の方が移りゆく毎日の中で確かに今日もここに息づいているのだと思えたらいいなと考えました」。
杉森さんは大理石で彫刻を作り続けており、今回も大理石の一種であるトラバーチンを使用した。トラバーチンは石灰石の成分が堆積し岩石化したもので、石の全体に見られる小さな孔は、石灰中の水分が抜けてできたもの。「この孔の模様を泡と見立てて、瞬間的に生まれては消える流動的なものを石で表現し、形に残すことを考えました」。
抽象的な表現に挑戦し、さまざまな人の目に留まることを考えながらも、自身の表現が発露した作品となった。
審査員からは、多孔質であるトラバーチンの彫刻の難易度など彫刻技術について質問があった。また、面により表情の異なる造形を見ながら「向きはこれで良いか」「四面が見えたほうが良いのではないか」という意見があり、審査員たちは見る角度を変えながら鑑賞し、作品の設置角度についても活発な議論がなされた。
FDMと鋳金、革新と伝統の融合 − 五十嵐俊治「Kasane」
大森貝塚、歌川広重「東海道五十三次」に描かれた品川宿、日本初の鉄道駅「品川停車場」。時代によって役割を変えた品川の歴史の層を、再生銅と牛革という異素材による多層構造で表現した五十嵐さん。当初はFRP樹脂で制作しようとしていたが、事務局から耐久性を指摘され、伝統的技法である鋳金(ロストワックス鋳金)に変更した。
UI/UXの研究をしている五十嵐さんは、3Dモデルで作った複雑な形状を手作業の鋳金でどう再現するか考え、FDM(熱溶解積層)方式の3Dプリンターでろう型の原型を出力した。大型アートの造形では国内に類を見ない試みだ。また「大型の制作になると資材のロスも増えてしまうため、再生銅を活用し、シリコン不使用など環境にも配慮する工夫をした」と自負する。
「エントランスとは、住人を朝は気分よく送り出し、夜は落ち着いて出迎える場所。磨きをかけた銅の輝きの中に、補色として藍染の皮革を添えました。また、逆螺旋の形にして新しい始まりを表現しました」。
なお、五十嵐さんは、審査員の「選ぶ」という行為までもが共同制作になるという意識で制作。100案考えたうちの6案を応募し、1次審査でその中から1案を選んでもらい実作した。そのうえで、1次審査総評の「もっと楽しい作品がみたかった」という点を反映して形状を変更した。
審査員からは「システムを研究しているのに、なぜ物体をつくることになったのか」と問われ、「アートは後世に残るものであり、質量のあるものには思いを込められる」と回答。デジタルとアナログを共存させるような若い世代の価値観が審査員の興味を引いていた。
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