「日本の家具産地」と聞くと、どこの地域を想像するでしょうか?
日本では、静岡、岐阜・飛騨高山、広島・府中、徳島、福岡・大川、そして北海道・旭川が知られていて、それらを六大家具産地と称することもあります。そのなかのひとつ、旭川で3年に1度開催されている「国際家具デザインコンペティション旭川(IFDA)」の2024年度の入賞作品が6月19日に発表されました。
JDN編集部は現地にうかがい、作品プレゼンテーションと表彰式を取材しました。本記事では入賞作品を含め、IFDA2024の様子をご紹介します。
過去応募総数は9,433点、12回目を迎えた国際家具コンペ
もともと、北海道大雪山系の森の木を伐り出し、生活の道具をつくりはじめたのが発祥と言われている旭川家具。一世紀を超える時を重ね、旭川市を中心とした東川町、東神楽町、当麻町一帯は、「家具の聖地」と言われるようになりました。
そんな家具の聖地で1990年にスタートしたのが、「国際家具デザインコンペティション旭川(IFDA)」です。3年に一度のトリエンナーレ形式で実施されており、2024年で12回目を迎えました。これまでの応募総数は世界77カ国・地域から9,433点におよび、うち50点以上が旭川家具として製品化され、国内外に流通しています。
2024年度は、38カ国・地域から655作品の応募がありました。そのうち本審査に残ったのは、入選候補者13組、15作品。
なお、今回IFDAとしてはじめての試みが盛り込まれました。ひとつは、本審査の前に入選候補者による作品プレゼンテーションを実施したこと、そしてもうひとつは、審査結果を表彰式の場で発表したことです。入選候補者と審査員のコミュニケーションが取れるばかりでなく、よりイベント性を高めた内容となりました。
審査員との対話も実施した、作品プレゼンテーション
6月18日、旭川デザインセンターにて入選候補者による作品プレゼンテーション、そして本審査が実施されました。本審査は非公開でおこなわれたため、ここでは作品プレゼンテーションの様子を一部ご紹介します。
今回、審査委員長を務めたのは、北海道、東神楽町出身でもある建築家の藤本壮介さん。審査委員はグラフィックデザイナーの廣村正彰さん、デザインミュージアムデンマーク館長のアン・ルイス・ソマーさん、インダストリアルデザイナーのタッカー・ヴィーマイスターさん、同じくインダストリアルデザイナーのマイケル・ヤングさんの計5名です。前回と同じ顔ぶれでした。
作品プレゼンテーションは、入選候補者13名が1作品につき8分間で背景にあるストーリーやコンセプト、特徴などについて話しました。
これまでさまざまなコンペを拝見してきましたが、IFDAの特徴のひとつは、作品プレゼンテーションに際しての試作品を、木工メーカーが制作してくれること。一見すると製品化されているようなレベルで、プロダクト関連のコンペにおいてとても重要な要素だと感じました。
作品プレゼンテーションが終わったあとは、審査員が各試作品に座ったり触れたり、入選候補者に対して質問をおこなったりと、コンペでありながらいちデザイナー、クリエイター同士の語らいの場となりました。
ゴールドリーフ賞は、椅子と「ハグ」しあえる作品
作品プレゼンテーション、本審査がおこなわれた翌日、同じ旭川デザインセンターにて表彰式がおこなわれ、ゴールドリーフ賞、シルバーリーフ賞、ブロンズリーフ賞、そしてメープルリーフ賞が発表されました。
この時点まで受賞者には結果が知らされておらず、入選候補者のみなさんは緊張の面持ちで審査員の一言一句を聞き逃すまいとしていました。
■ゴールドリーフ賞「Hug Chair」
ゴールドリーフ賞に選ばれたのは、中国出身のシュ・ユコウさんによる作品「Hug Chair(ハグチェア)」。シュさんは今回、2作品が作品プレゼンテーションまで進み、そのうちのひとつがこの椅子でした。
物理的な快適さを追求してきたなかで、心理的にも快適で、非常にシンプルな椅子を目指したという作品。パワフルであると同時にシンプルな動き、時として無意識におこなえる動作の「ハグ」の動きを形にしたいという思いがあったそう。人々を温かく招き入れているような様相を示す椅子でハグの感覚を得て、触感や木の香りを楽しんでもらいたいと、シュさんは話しました。
また、シュさんが作品プレゼンテーションと表彰式、どちらの場面でも語っていて印象的だったのは、「インターネット上で終わる椅子にはしたくない」というコメント。表彰式では感極まり言葉を詰まらせながら、「この作品を展示する際は『手を触れないでください』という掲示は取ってほしい。手で触れ、触っていただくための椅子です」と、話しました。
■シルバーリーフ賞「U armchair」
シルバーリーフ賞は、北原悠唯さんの「U armchair」です。日本の静謐な美しさをテーマに、数寄屋建築などに見られるファサードの意匠をコンセプトにしたアームチェア。
木製の椅子をデザインするにあたり、木材を使う意味をずっと考えていたという北原さん。木だからできる構造体や木の性質を利用するよりも、木だからこそ映える美しい形を目指したといいます。リサーチを進めていくなかで、天然素材と日本の美意識の魅力を最も引き出すものは、光と影だという答えにたどり着き、陰影でより美しくなる造形に目を付け、デザインが進みました。
椅子自体は複雑な加工を必要とせず、木取りの面から見ても経済的なモデルで、量産設計を意識しているという本作。すべて一定の規格でつくられる建築工法には無駄のない美しさがあると北原さんは考え、昔の建築工法だからこそあらわれる意匠を、木工のDNAとして捉えて、椅子という別の価値として再解釈しました。
■ブロンズリーフ賞「Drawer and Shelf」/「Dragi」
ブロンズリーフ賞は2作品で、ひとつめは可児美帆さんの「Drawer and Shelf」です。すべての棚板がスライドして引き出せるようになっており、棚板を引き出した部分にも物を置ける、新しい使い方ができる棚。
制作段階で物を乗せるための強度や安定性という課題もありましたが、使用者が探りながら棚の形や空間性を変えていく、棚と対話しながら楽しめる作品。
ブロンズリーフ賞の2つめは、ドイツのコンラッド・ロヘナーさんの作品「Dragi」。
「良いテーブルとは何か」と自分自身に問いかけたときに、「サステナビリティ」「最小限への削減」「賢い構造」という3つのポイントを見出したコンラッドさん。
世界中どこでも手に入れられる標準化された合板素材を使い、持続可能性を担保。テーブルはノックダウン形式のため、簡単に解体でき、余計な梱包要素がなく輸送が可能です。美しく笑顔で集まれる、そして毎日人々に使ってもらえるような定番のテーブルを目指したそうです。
■メープルリーフ賞「isunoki chairs tree」
メープルリーフ賞は、山内敏行さんの「isunoki chairs tree」。誰もが思わず座ってしまう、切り株のような佇まいの椅子。無数にある木の椅子に対して、コンセプトは文字通り「椅子のような木」。
森を散策中に出会った切り株の美しさに感動し、引き寄せられ、同時に癒されたという山内さん。コロナ渦以降、リモートワークが定着し、プライベートとビジネスの境界があいまいになる中で、いままで以上にプライベート空間での癒しが必要とされているのではないか。また、地球温暖化による気候変動が進むいま、改めて自然の素晴らしさをリスペクトし、見つめ直すことが必要ではないか。そうした思いから着想を得た作品です。
13回目の開催に向けて
コロナ禍を経て、久しぶりのリアルな審査会であり、デザイナー自身による作品プレゼンテーションという新たな試みがおこなわれた今回。審査会全体の感想について、審査委員のタッカー・ヴィーマイスターさんは以下のようにコメントしました。
タッカー・ヴィーマイスター:デザインコンペの完璧な方策を生み出したのではないか。デザイナーと家具メーカーがコミュニケーションをうまく取ったことが素晴らしく、ここにいる人すべてがコミュニティの一員になったことを感じます。
また、ゴールドリーフ賞の「Hug Chair」について、藤本壮介さんと廣村正彰さんのコメントを紹介します。
廣村正彰:予備審査で応募作品655点すべてを見た際、目に入ってきたもののひとつでした。旭川の国際家具デザインコンペティションの意味をずっと考えていて、「未来において家具はどんな存在か?」を念頭に、新しい家具との出会いとして見るべきなのかなと。このHug Chairは、さまざまな議論を生み出したとしても、新しい意義を生み出す作品だったのではないかと感じます。
藤本壮介:ハグの仕方が変わっていくのがおもしろく、横向きや後ろ向き、いろんな形でフィットするのがすごい。人間と椅子だけど、常にもう一人の誰かといるような感覚になりました。木の層を重ねて削っていることがさらにいい味わいを出していて、デザインの意図と技術が見事にフュージョンしたと感じます。
今回、入選候補者全員のコメントは紹介できませんでしたが、作品プレゼンテーションでほとんどのデザイナーが発言していたのは、自身の試作品をつくってくれた家具メーカーに対しての感謝の言葉でした。審査委員のタッカーさんが発言していたように、応募者であるデザイナーだけでなく、家具メーカー、そして審査委員がコミュニティの一員であることを感じる審査会でした。次回は2027年、13回目となるIFDAの開催を楽しみに待ちたいと思います。
https://ifda.jp/
取材・執筆:石田織座(JDN)