第17回目となる今回のテーマは「可視化するしるし」。審査員は、前回より継続して中村勇吾さん、原研哉さん、深澤直人さん、三澤遥さんのほか、ゲスト審査員としてグラフィックデザイナーの岡崎智弘さんが加わった。
本記事では、中村勇吾さんと特別審査員を務めるシヤチハタ株式会社 代表取締役社長の舟橋正剛さんに、岡崎さんが審査に参加することへの期待や、応募者に求めていることなどをうかがった。
“どこまでできるか?”を体現する、岡崎さんの熱量
――今回、ゲスト審査員として岡崎さんが参加されることになりましたが、特に期待していることは何になりますか?
舟橋正剛さん(以下、舟橋):岡崎さんのコマ撮り動画は、ずっと見てみてしまう気持ちよさがあります。感情や感性に訴えるというか、本当に面白い。
いままでの応募作品には動きによる表現やアウトプットはあまりなかったので、「岡崎さんに見てもらいたい」というモチベーションで生まれるような、動的な意味のあるしるしが出てきたら面白いと思っています。
中村勇吾さん(以下、中村):岡崎さんはNHKのテレビ番組「デザインあ」で10年くらい前から一緒に仕事をしています。審査員としての岡崎さんがどんなことを言うかは全然想像がつかないですが、基本的に彼はすごく「クレイジーな人」ですよね。
中村:たとえば仕事で企画を出す場合、普通の人はおもな1案と、追加の3案くらいを持ってきますが、彼は100案ぐらい用意するんですよね。そしてアイデアが全部良いから、最終的に「好きなのでいいんじゃない?」ってなったりします(笑)。生理的に自分の好きなことを追求している人だとは思うんですが、それを限度を超えてやっている感覚があります。
いまの時代、ものをつくって発表することって、インターネットのおかげでどんどん増えていて、なかでも岡崎さんは個人のものづくりの喜びや、どこまでできるかという挑戦を体現している人だなと思います。だからそういう人が審査員にいると、見せがいがあるんじゃないかな。これぐらい熱量がある人がいるんだよ、と応募者にも感じてもらえるといいなと思います。
舟橋:動きの質感みたいなものがすごくいいですよね。
中村:岡崎さんの作品は動きと言っても「概念を動かす」みたいなことをしていると思うんです。それが概念的な面白さだけじゃなくて、生理的な気持ちよさが伴ってあらわれてくるんですよね。そこが面白い。
求めているのはプロダクト単体ではなく、きっかけとなるアイデア
――今回のテーマである、「可視化するしるし」についての印象を教えて下さい。
中村:可視化すると言っても、ただ見えるようにするのではあまり意味がなくて。さっきも話したように「概念として面白いものが、実態として顕現されたときに出る魅力」というか、その魅力をどうつくるかは、コンセプトワークとはまた違う作業ですよね。そこのチャレンジがあるといいと思います。
僕自身、コンセプトは比較的どうでもよくて、とにかく目の前にあるものの良さというか、そこの技を磨きたいタイプです。
舟橋:こういうデザインコンペの場合、とにかくアイデアの斬新さのような部分から考えると思うのですが、その上で具現化したときの良さや魅力をどうつくるかが大事だと思っています。
――これまでの応募作品はハンコやスタンプをモチーフにしたものが多く、審査会やインタビューなどでそういったものから少し離れた提案が見てみたいとおっしゃっていますが、そこについてはいかがでしょうか。
舟橋:シヤチハタの場合は「しるし=ハンコでしょう」と、みなさんは捉えていると思うのですが、私たちの仕事の範囲でいうと、工場などで作業が済んだことを示すために押すしるしや、それらの素材に合ったインキも独自に製造している。あるいは、オンライン上の電子認証もおこなっています。
舟橋:しるしの幅を広げ、深めながらビジネスをしてきているので、「こんなしるし面白くありませんか?」というものがあれば、ぜひビジネスに取り入れていきたい。そういう意味でも岡崎さんがゲスト審査員に入られることは、新しいアウトプットのチャレンジができる予感がしています。
中村:ハンコはもうお腹いっぱいなんですか?
舟橋:いや、そういうわけでもないです(笑)。どうしてもハンコという幅だけでいくと、一次審査で届くものの8割が既視感のあるものになってしまうんですよね。
もちろん2割くらい「なるほど」と唸るものも届きます。そういうものが最終審査にも残るので、結局ハンコが受賞するんだな、となってしまう節があります。だから「ハンコはいりません」と言うわけではないですが、ハンコやスタンプにこだわらず、ぜひ広い視野で考えていただきたいです。
とはいえ、やはり過去に商品化したものはスタンプ系が多いので、まったく違うものも商品化しなければという思いもあります。
中村:こういう場で聞くことではないかもしれませんが、ハンコの事業は全体のどれくらいを占めるんですか?
舟橋:ビジネスの全体を100とすると、ハンコやスタンプで6割ぐらいですね。残り3割ぐらいがマーカーなどの筆記具です。BtoBもBtoCも合わせてですが。
中村:なるほど、いまのところはハンコで食べているけど、長期スパンで考えたときにほかのものを見つけたいと。
舟橋:そうです。パンデミックで押印廃止とかスタンプ不要なども言われましたが、私たちのビジネスがそれによってシュリンクはあまりしていません。でも長い目で見ると、BtoBでのシーンは減っていくと思っています。だから違うビジネスの柱を二つ三つ持っておかなければいけないなと。
中村:こういうコンペだと、基本的にBtoCっぽいアイデアがメインでくるけれど、その現場でしかわからないようなBtoB的な発想でも思わぬ何かが見つかるかもしれませんよね。特定の場面を想定すると、しるしのアイデアが出てくるかもしれない。本人にとっては当たり前だけど、外から見ると「おお~っ!」という違う反応が得られることは、往々にしてありますよね。
舟橋:以前、コンペのインタビュー企画「シヤチハタの捺しごと」でもBtoBの事例は紹介しましたが、国内外でチャレンジはしています。
ただ、実はスタンプや筆記具は、BtoBからBtoCに移ってきています。ビジネスシーンでも、デザイン要素がある面白いものが使いたいとか、自分のオリジナリティを見せたいとかの需要が増えている側面もあります。
いずれにせよ、起点となるようなアイデアを期待しています。そのものが大きな柱になるというわけではなく、きっかけや気づきがほしいなと。
中村:ネット系の話でいうと、たとえばUberがそうでしたよね。それまでのインターネットサービスって、基本的にはサービス提供者と消費者という構図だった。でもUberは運転手の募集と乗りたい人をつなげるスキーム自体を提示しましたよね。
そうしたら全世界の人が「ということは?」と発想を広げて、家が余っている人と住みたい人でAirbnbのようなサービスを思いついたり、ほかのシェアリングエコノミーにつながったりしました。だからそれ自体というか「これがうまくいくということはこれも……!?」みたいなものができればいいですね。
舟橋:探したいのはプロダクト単体ではなく、新しいビジネスモデルですね。僕たちがいま一番得意とするのはオフィスに提案するものですが、たとえばスマートオフィスと言われるようなところにフィットするサービスはなんだろう、など。ハンコとかスタンプ台とかではなくて、提供できるサービスモデルは考えていますね。
中村:だんだん話のテーマが「飯の種になるしるし」になってきましたね(笑)。でもアイデアって、具体的に考えた方が出やすいからいいと思います。
アバター、道路標識…世の中にあるたくさんのしるし
――最近「しるし」で印象に残っているものはありますか?
中村:バーチャル空間上のしるしって、いまはアバター的なものに集約されると思うのですが、最近では例えば「VR CHAT」のように仮想空間であつまるコミュニティが盛りあがってますよね。
そこではみんな、ものすごく自分のアバターをカスタマイズしているのですが、ある人に言わせるとアバターが集まる空間の中で重要なアイテムって「鏡」らしいんですよ。VRだと自分の姿を確認できないけれど、仮想空間にも鏡があると「美少女の俺がいる」みたいなことが確認できる。これはつまり、自己承認欲求につながるのでしょう。
インターネットのコミュニケーションの根源にあるものだと思いますが、外側から見た自分がどうなのかを知りたい。何かつくりたいとか、呟きたいとかもその延長線上にありますよね。「しるしそのもの」よりは、まさに「しるしを可視化する」ということです。そういう方向もあるのかもしれません。
舟橋:話が変わるんですが、最近、自転車の規則が明確になって、厳しくなったじゃないですか。でも道路標識って自動車免許を取らないと、細かくは教わらないものですよね。世の中の交通標識は「しるし」としてあるけれど、一部の人にしか伝わってないものかもしれない。自動車免許を取った人に対するデファクトでしかないんです。
中村:たしかに自動車免許を持っていない人からすると、見えないルールかもしれませんね。そういう見えないルールって実はいろいろあって、見えないまま世代によって変化していくものもある。暗黙のルールを可視化するような話もあるかも。
――最後に、応募者へのメッセージをお願いします。
舟橋:先ほども話しましたが、ハンコに関わらず、広く深く考えていただきたいですね。特に今回は岡崎さんがゲスト審査員なので、たとえば動きが面白くて、その結果としてなにかが豊かになるようなしるしを期待してます。
中村:コンペへの応募って、勝ち負け以前に面白い作業だと思います。自分が思っていることを、まさに外部化して可視化する。自分のアイデアを書き留めてみると、こんなに面白いのかとか、逆にこんな伝わらないのかとかがわかりますよね。
特にデザインを学ぼうとしている人が一回やってみると、良きにすれ悪しきにすれ良い経験になると思うので、試しにやってみたらいいんじゃないかなと思います。せっかくシヤチハタさんが考える機会をつくってくれているので、ぜひがんばってみてください。
■第17回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション
https://sndc.design/
取材・文:角尾舞 撮影:小野真太郎 編集:岩渕真理子(JDN)