中小企業の課題は山積み。だからこそ「人」の熱意が強みになる。
──ご自身の職業柄やこれまでの経験から、審査する際に注視している点はありますか?
宇南山:いろいろありますが、特に「広がり方」は注視しています。ものづくりをして終わりではビジネスアワードとしては成り立たないので、その先まで想像してほしい。どこで販売するか、どういう人たちに買ってもらいたいか、さらにモノを通じてコトを広げ、社会現象にすることができるか。そこまで考えられているか、というところを見ています。
坊垣:私はいつも生活者との最初の接点にいるので、生活者目線で最終的に手に取ってもらえるものになるか、というところは重視しています。モノが売れる理由も少しずつ変わってきていて、SDGsの意識やものづくりの姿勢といった、モノの背景にあるものに感情を揺さぶられる人が増えてきました。そう考えると、つくり手の「いいものをつくりたい」という熱意や気概はとても大切です。それは審査するときにも伝わってくるし、プロダクトにも落とし込まれると思います。
あと、審査委員の日髙さんが「この人たちはやりきれるか、で決めるところがある」とおっしゃっていたのが印象に残っています。「誰かが何かやってくれるでしょ」みたいなスタンスではなく、企業がベストな状態でアウトプットするところまで追求しきれるか、やりきる力があるかを見ている、ということも大事ですよね。
宇南山:企業側の頭の柔らかさというか、デザイナーに他力本願しないという姿勢は大切ですよね。
山田:たしかに、昨年の最優秀賞と優秀賞を受賞した3件は、それぞれデザイン提案のクオリティの高さのみならず、「その先」を見据えた企業の姿勢が評価されたところも大きかったと思います。
──山田さんが、審査の際に注視されている点は何ですか?
山田:ものづくりのなかにデザインを取り入れることでアイデアが具現化し、事業がひとつ生まれて、デザイナーと企業の取り組みが続いていくことはすごく大事だと思っています。
一方で、多くの中小企業は、これまで大企業の下請けとしてものづくりをしてきたため企業の姿が見えてきませんでした。しかしいまは、親会社に言われたものをつくっていればいいという時代ではありません。自社の存在をアピールしなければ、誰にも知られず、沈んだままになってしまう。デザイナーが提案したプロダクトをつくることをきっかけに、企業のプレゼンスをどう定義して、社会に伝えていくか。企業にそうした心構えがあるかどうかは、重視しています。
坊垣:さらにいえば、企業のなかでも「人」で選ぶところもありますよね。今年7月におこなわれた企業のテーマ審査でも、「この人たちはやってくれるだろう」という信頼感で選んだところも大きかったです。何をやるかより、誰がやるかというか。
宇南山:そうなんですよね。「人」を応援したいかどうかは、大きな判断材料になると思います。
山田:僕もそこはおふたりと同意見で、最後は「人」なんだと思います。いま中小企業が解決すべき課題って、めちゃくちゃ多岐にわたるので、みんなやること満載なんです。BtoBでやっていた企業が、BtoCのものづくりをはじめるだけでは何も解決しません。単純に「技術はあるけど売れない」とかではなく、「技術はあるけど、ほかはなにもない」みたいな世界なので。だからこそ、最後に頼りになるのは「人」だと言えるのかもしれません。
モノの流通構造を変えたクラウドファンディング
──みなさんのお仕事について、改めてうかがいます。坊垣さんは、日本のクラウドファンディングの先駆け的存在です。クラウドファンディングがものづくりにもたらした変化について、どのように考えていらっしゃいますか?
坊垣:これまでものづくりの現場では、完成品を量産し、問屋など仲介業者を介して売り出すという流通構造が基本でした。一方で、たとえば「Makuake」では、量産する前の試作段階で生活者に発表して応援購入を受け付け、つくり手は必要な数量をつくって直接生活者に届けることで、チューニングしながらよくしていくことができるようになったことが大きいと思っています。
また、生活者側にも変化は起きています。私たちは「応援購入」と呼んでいるのですが、つくり手のこだわりやモノの背景を知った上で、共感したものを応援の気持ちを込めて購入する生活者が増えてきています。そのような「選ぶ」買い物体験が浸透すれば、つくり手もそれに応じて「選ばれる」ものをつくらなければいけません。そうなると、ものづくりの現場はもっとよくなると思っています。
山田:僕は2013年度からTBDAに審査委員として関わっていますが、当初といまとで大きく変わったと感じるのは、多くの企業やデザイナーが、ファーストステップでクラウドファンディングを活用していることですね。ただ、モノを流通させるフレームを持てるようになったのはすごく好ましいことですが、それ以上のものがあんまり出てこないと思うこともあって……。
坊垣:たしかに、工夫が足りないケースはよくあります。なかには、「Makuake」に「出せば売れる」と思っている人もいます。でも、そこでも他力本願ではダメなんです。「Makuake」でプロジェクトを実施する際も、よりサポーターから応援購入していただくためにどう昇華させていくかという工夫や努力が必要なので、そこは私たちもサポートするようにしています。
──中小企業や町工場と一緒に多くものづくりをおこなっている宇南山さんは、町工場の方とコミュニケーションを取っていく時、最初はどのようにアプローチされるのでしょうか?
宇南山:これは個人的な話になるのですが……高校1年生のとき、物理の授業で秤を改造することになったんですね。それで、バネを変えて秤を改造しようと、タウンページでバネの会社を探して、片っ端から電話したんです。そのなかで1社だけ「営業時間のあとに来ていいよ」と言ってくれたところがあって。そこの職人さんが「このくらいのバネの太さだと、こうなるんだよ」と、いろんなことを教えてくれたんです。
お金や、経験がなくても、「こういうことをしたい」という思いをきちんと伝えれば、その熱意に応えてくれる人は誰かしらいるんだとわかりました。その原体験が私のなかですごく大きく、それをいまだに続けている感じというか。もちろんいまは大人になったので、ちゃんとお支払いはしています(笑)。
──いいお話ですね。実際に協働する際に、大切にされていることは何でしょうか?
宇南山:尊敬しあっているかどうかというのは、根本にあると思います。先ほど、審査のときに「人を見る」という話がありましたが、そもそも相手を尊敬しないと、その人のいいところも見出せないから。お互いに、苦手なところに目を向けるのではなく、ポジティブな要素を引き出して、コミュニケーションをとることが大切だと思います。
──ものづくりをしていく過程では、技術が先行してしまったり、あるいはデザインを追い求めすぎてしまうこともあるかと思います。そうした技術とデザインのバランスについては、どのように考えていらっしゃいますか。
宇南山:それはもう永遠の課題で、いまも毎日悶々としています。技術もあるしアイデアもあるけど市場に乗らない、というケースもありますしね。なので、いろんな人たちの意見を聞きながら、どう落とし込んでいけるか、トライアンドエラーを繰り返してやっています。ただそのなかでも、自分にとって譲れないところはある。そこはブレないようにしているので、ブランドの世界観は守れているのかなと思います。
あと、「伝える」ことも大切です。私が拠点にしている台東区はたくさん職人さんがいて、いろんな技術やお店があるものづくりのまちですが、何もしなければ埋もれてしまいます。なので、扉の向こう側にどういう技術を持つ人がいて、どういう仕事をしているかを発信するようにしています。それは、友だちや家族に「これ、いいよね」「あそこの技術、すごいんだよ」って話すだけでもいい。そういうちょっとしたことがモチベーションになり、職人さんも「じゃあ、今度はこうしてみよう」とアイデアがわくし、それがさらに広がると人が集まり店やカフェができて、まちづくりにもなっていくのだと思います。
企業を深く理解して再生する、ビジネスデザインをめざすために
──坊垣さんは、日々最新のアイデアを目にすることが多いと思うのですが、そのなかで生き残っていく商品とは、どういうものなのでしょう?
坊垣:宇南山さんのお話にも通じると思いますが、売れる商品って、機能性やデザインの良さに加えて、語りたくなったり誰かにおすすめしたくなる商品なんだと思います。日本国内で考えると人口減少が続き、マスでものを売っていくことはどの分野でも厳しくなっていますが、だからこそ買ってほしい人にちゃんと届けて、そこから同じ思いを持つ人たちに広げていかないといけない。そのためにはまず「ほしい!」と思ってくれる人を明確にイメージすることが大切です。それも、「私の知っている、この人」というくらいピンポイントがいいと思います。
山田:おふたりの話って、いまでいうファンダム(熱心なファンの世界やファンによって形成された文化)みたいな感じだと思うんですよね。バイヤーが品ぞろえをつくるためにものを選んでいく行為も、ちょっとえこひいきみたいなところがあるんです。「これはいいぞ」って人に伝えたくなるとか、メーカーさんが応援したくなる人柄だったとか。小さくてもいいから、そこにコミュニティができそうな感じって、いまのものづくりには大事なことなのだと思います。
──山田さんは、バイヤーとして長年たくさんの商品を目利きされてきましたが、商品を見極める際にも、やはりそうした視点は大切にされているのでしょうか。
山田:そうですね。たとえばお茶の缶を選ぼうとするとき、宇南山さんの「SyuRo」の缶っていつも五指に入ってくるのですが、「それって、すごくない?」と改めて思うんですよ。世の中でたくさんのものがつくられていて、どれもほしいなと思っても、自分で5個も10個も使えないから、何かを選び取らないといけないわけじゃないですか。そのとき、誰かに選んでもらうものをつくるって、実はすごいことで……。
ユニクロのヒートテックだってそう。累計販売数が10億枚(2017年時点)を超えたとか、大きな数字で伝えられてしまうけど、みんなが買った1枚1枚が積み上がって、その売り上げになっているわけで。その最初の一人、最初の小さなコミュニティは大事にしなければいけないと思っています。だからつくり手にも、人がどうやってものを選んでいるかということは、想像してほしいなと思います。
──2022年度は、9月1日に「テーマ」が発表され、デザイナーからの「提案」募集がはじまりました。応募者を検討している方へ、メッセージをお願いします。
山田:繰り返しになりますが、最終的なアウトプットは、プロダクトやブランドをつくることになるけれど、それをつくればすべて解決するという話ではありません。ひとつの企業にも、複合的にいろんな要素が絡み合っていて、社会を構成しています。それを丹念に解きほぐして、足りない穴を埋めていくことが、本来のビジネスデザインなのだと思います。どうすれば企業のプレゼンスを社会に伝えていけるかを、既存のフレームに当てはめるのではなく、総力戦で考えて提案に織り込んでいただけたらと思います。
坊垣:デザイン提案をするうえでは、表面的ではない、企業への深い理解が必要です。その理解にヒントを与えてくれるのが、企業の歴史ではないかと思います。日本は百年企業がすごく多いですが、歴史ってひとつの大きな価値であり、それを客観的な視点から紐解くことで企業が本来もつ価値をしっかり理解できるんじゃないかと思います。
宇南山:坊垣さんのおっしゃる通りで、企業の長い歴史のなかで、時代やトレンドも変わりますから、あらためて見直せば、いいところは絶対あるはずです。そのいいところをバックアップしていけば、会社の強みがあぶり出せてくると思います。そうして、プロダクトやブランドづくりをきっかけに、どうすれば市場を広げられるか、社会を巻き込んでいけるかを、考えていただけたらと思います。
提案募集期間:2022年9月1日(木)~10月30日(日)
主催:東京都
企画・運営:公益財団法人日本デザイン振興会
https://www.tokyo-design.ne.jp/award.html
文:矢部智子 写真:中川良輔 取材・編集:石田織座(JDN)
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