製造業において、サステナブル素材を導入することは世界のスタンダードになりつつあります。その波は日本にも届いているものの、企業にとってはコスト面での課題が多く、どのように取り組んでいくべきか考えなければいけない局面でもあります。
そんな社会に一石を投じるべく、同様に課題を抱える企業として、株式会社 明治がカカオ豆の未活用部位である「カカオハスク」を使ったアップサイクル素材プロダクトのコンペティション「CACAO STYLE Product Design Award 2023」を開催。
同コンペで審査員を務めるデザイナー・建築家の森豊史さんと、カカオハスクを使用した製品開発を進める我戸幹男商店代表の我戸正幸さんに、サステナブル素材を使った製品開発の未来と可能性についてお話をうかがいました。
チョコレートのような香りがする自然分解性のサステナブル素材は、私たちの未来をどう照らしてくれるのでしょうか?
サステナブル素材の活用が世界のスタンダードに。社会の動きと抱える課題とは
――サステナブル素材の活用について、いまの社会の動きをどう見ていますか?
森豊史さん(以下、森):サステナブル素材の導入は、日本よりも欧米の方がすさまじい勢いで進んでいます。プロダクトがサステナブル素材ではないと販売できなかったり、最近ではApple Watchのバンドがサステナブル素材に変わったり、ファッション業界でもハイブランドを中心にサステナブル素材を導入したりと、魅力的なサステナブル製品で世の中を変えようという動きが活発になっています。
その一方で、日本のメーカーでもサステナブル素材を導入しなくてはという流れはありつつも、どのように取り入れたらいいのか、何をつくったらいいのかがわからないという課題を抱えています。日本の得意としてきたものづくりは、同じものをコストダウンしていく、もしくは品質をあげていくという、数字に現れやすい方向で進歩してきました。ですから、新しい素材や製法に挑戦するということが不得意なメーカーが多いようです。
――サステナブル素材を導入する際、どういった点が難しいのでしょうか。
森:やはり新しいサステナブル素材はコストが高いという点です。コストダウンするには時間が必要ですが、その間にも販売はしていかなくてはならない。そうなると、必然的に高級な材料はハイブランドからという流れになってしまうのが現実です。
私自身、昨年から木材などの廃材をアップサイクルしてサステナブル素材をつくる菱華産業の「MIRAIWOOD」の事業計画、製品戦略、ブランディングなどをおこなっていますが、このお話を最初に聞いた時も、未来を変える素晴らしい素材かもしれないと感じつつ、ビジネスとしては非常に困難だろうというのが正直な感想でした。
――「MIRAIWOOD」が抱える課題とはどのようなことですか?
森:ひとつはコストの問題。そしてもうひとつは、それを普及させる商品。まさに先ほどお話した日本のものづくりが抱えている課題をMIRAIWOODも同様に抱えていたわけです。
MIRAIWOODは5年前、スポーツブランド「ミズノ」のバットの廃材をアップサイクルすることからスタートしました。木材でありながらプラスチックのように射出成形できる新素材で、他企業ともコラボレーションしながらさまざまなアップサイクルにトライしています。
これまで工業製品に求められる厳しい安全基準を、一つひとつ検証を重ねてクリアしてきました。やっと、ある程度商品として成立させるための製造コストの目安、品質の目安、量産の目安が技術的にも固まってきましたが、まだまだ発展途上の段階です。
「MIRAIWOOD」×「カカオハスク」。ほんのり香り、循環するサステナブル素材へ
――そのなかで、明治さんとの協業が生まれたのですね。
森:はい、明治さんからお声がけいただいて、チョコレートの製造過程で出てしまう未活用部位のカカオ豆の皮「カカオハスク」と「MIRAIWOOD」の技術で、循環できるサステナブル素材が誕生しました。ほんのりチョコレートの香りがするんですよ。粉砕したカカオハスクを混合していますが、想像以上に相性のいいものでした。
森:そもそもMIRAIWOODは木粉をプラスチックのように射出成形するので難易度が高い。それがカカオハスクを混ぜることで、カカオの油分の親油性の高さで成形しやすくなるんです。しかし、その油分が成形時の高熱で気化し微細な気泡ができてしまうという課題もあります。いまも試行錯誤しながら改良しているところです。
――今回、石川県で伝統産業の「山中漆器」をつくる我戸幹男商店さんともコラボレーションし、カカオハスクを使用した商品を開発されています。コラボレーションのきっかけについて教えてください。
森:もともと山中漆器の産地とは古くからお付き合いがあって、たくさんの廃材が出てしまう漆器の産地と一緒にやることで、地域社会にも貢献できるWin-Winの関係にできないかと考えました。改めて産地について調べて、そこで我戸さんを知り、無理矢理押しかけたわけです(笑)。
――森さんからのアピールではじまったのですね。我戸さんはお話を受けてどう感じましたか?
我戸正幸さん(以下、我戸):最初に森さんからお話があって素材を見た時、これは我々のする仕事かなという気持ちは正直ありましたね。というのも、山中漆器では以前から木粉と樹脂の成型品である「木乾(もっかん)」という素材を使ってきました。
山中漆器には伝統漆器と近代漆器があって、僕たちは職人がかんなで削り出したお椀に漆を塗るというような伝統漆器をつくっていますが、ほかに「木乾(もっかん)」やプラスチックを漆やウレタン塗装で仕上げた近代漆器を扱う業者もいます。それで山中漆器全体が成り立っているような状況です。その中で、我々がただ成型したものに関わるのでは意味がないと考え、職人の“挽く”という技術を活かせないかということで提案させていただきました。
ちょうどその頃はコロナ禍でウッドショックという現象が起きていて、国内の住宅資材が海外から入ってこないことで、市場では木材の取り合いになっていました。もともと漆器には、住宅資材としては使われない細くて曲がった材料を使うのですが、それすらも確保が難しくなりました。お椀がつくれないというのは我々にとって死活問題。それをMIRAIWOODで解決できないかと思ったんです。
――材料調達の課題解決にも光が見えたのですね。
我戸:そうですね。あと、通常山中漆器で使っている素材は、木全体の数%ほどの薄皮1枚だけを削り出してお椀をつくります。その際大量に出てしまうかんな屑は、これまで廃棄したり牧場や畑に撒いたりしてきましたが、それも有効活用できるのではと。廃棄時に二酸化炭素を出してしまっているという後ろめたいイメージを払拭させたい気持ちもありました。
森:MIRAIWOODの材料は体積の8〜9割が木材です。そこにとうもろこし由来の生分解性樹脂を繋ぎとして入れて成型しています。MIRAIWOOD側ではその木粉をどう集めるかということが課題でしたが、漆器の産地で出た大量の木粉を回収できれば、材料調達の課題は解消できるはず。そして、その木粉でつくったMIRAIWOODでもう一度漆器をつくって循環させることができれば、ウッドショックでも安定した木地供給ができるのではと考えました。
通常のプラスチックと違って、MIRAIWOODは木材のように削れることも特徴です。従来のプラスチックではできない、植物由来のバイオマス製品ならではの良さです。木製品そのものの置き換えにはならないけれど、木製品の産地が安定して仕事を続けることの役には立つのではないかと思います。
また、密度が高くて重量感があって、木材や陶器とも違う独特の高級感があります。この質感はラグジュアリーな製品との相性もいいのではと思います。
――我戸さんは、実際に扱ってみて苦労した点はありますか?
我戸:まず、素材がとても硬い。そこが1つ目の課題でした。木地師の技術というのは削るというより「削ぐ」と表現した方がいいかもしれません。刃物の歯が木に入っていって、スーッと削いでいくような。ですから、使う刃物も薄く繊細なんです。現在、硬いMIRAIWOODに対応できる刃物も試作中です。
森:我々の目標としては、いまの木地師さんが違和感なく使える素材をつくること。それはまだ実現できていない。まだまだ改良の余地があると思います。
我戸:サステナブルと伝統の両者をうまく選択していくのが難しい状況ですが、諦めずチャレンジしていきたいと思っています。伝統工芸は、変えてはいけない本質的なものを忘れず、新しく変化を重ねているものを取り入れていくことでこそ、アップデートし生き残り続けるものだと思っています。MIRAIWOODには、山中漆器の未来の可能性を感じました。
また、装飾を加えるために小刀で繊細な筋などを入れることには適しているので、MIRAIWOODだからできることも次のステップで考えていきたいですね。
人を喜ばせながら課題を解決。デザインの力でできること
――サステナブル素材を導入するという課題に対して、デザイナーができること、求められる力とはどんなことだと考えますか?
森:いまサステナブル素材を導入したい企業はとても多いのですが、一方でどう導入したらいいかわからないという状況です。それを打開する策のひとつとして挙げられるのが、デザイナーのクリエイティビティだと考えています。もともとものづくりの世界では、デザイン力でさまざまな新しい商品を発明して進んできた歴史があります。
新しい素材を社会に普及させるためには、楽しかったり、可愛かったり、おもしろかったりするような魅力が大切です。そうして人を喜ばせることは、デザイナーだからこその仕事ではないでしょうか。
同時に、高いコストをクリアできる商品を提案することもデザイナーの役割。魅力的なデザインだからこそ、適正な価格で販売することができるし、売れることで素材自体も普及する。世界のハイブランドがこういうことに挑戦しているのは、自社の魅力や発信力、デザイン力に自信があり、デザインで社会に貢献できるからではないかと思います。私たちも、デザインの力でサステナブル素材を広めていくことで、社会をよくしていきたいですね。
――そんなデザイン力・提案力を試すことができる今回の「CACAO STYLE Product Design Award 2023」ですが、最後に、応募を検討している方へのメッセージをお願いします。
我戸:まさか審査員をするなんて夢にも思わない依頼でびっくりしています。僕自身デザイナーでもないし、人を評価する立場でもありませんが、つくり手だけでなく、売り手や使う人にも配慮されたデザインやアイデアを期待しています。今回はサステナブルというテーマが全面に出ると思うけど、みんなが気持ちよくつくって販売して、買っていただけるかどうか。そんな視点で見たいと思っています。
森:カカオハスクを使ったアップサイクル製品は、カカオの香りがほんのり残っているものもあります。カカオからこんなに素敵なものができるんだという可能性をぜひデザイナーのみなさんに提案していただきたいと思います。また、サステナブル素材に挑戦するということは、いまもっとも企業のニーズが高まっているテーマでもあります。
このコンペへの挑戦をきっかけに、みなさんで盛り上げていただければ、こういった製品をつくりたいという企業にも朗報になるかもしれません。ムーブメントになって広まっていくことも期待しています。
今回、菱華賞に選ばれた10作品は、商品化も考えています。すぐに商品化できそうな提案はもちろん、一緒にブラッシュアップしていくことで商品化できるかもしれないアイデアも受賞の可能性があります。難しいテーマではありますが、カカオの香りも活かした、楽しい、美しいアイデアをお待ちしています。
また、MIRAIWOOD+CACAOを使用した応募をご検討の方向けに、MIRAIWOODに関する質問や使い方などについて問い合わせることができる応募者専用の質問フォームもつくりましたので、遠慮なくなんでも聞いてください。
文:高野瞳 取材・編集:萩原あとり(JDN)
株式会社 明治が主催する、カカオでつくるアップサイクルプロダクトのコンペティション。カカオ豆の未活用部位である「カカオハスク」(カカオ豆の皮)を使用した、カカオや木を育てる人、製造・加工する人、使う人、関わる全ての人に幸せが連鎖するような製品デザインのアイデアを広く募集する。
【募集内容】
・カカオハスクを活用した製品のアイデアとデザイン
【募集期間】
・2023年8月14日(月)~2023年10月30日(月)12:00
【応募資格】
以下のいずれかを選択
1. 個人応募
2. 法人応募
3. グループ応募
※応募対象は、日本に居住する18歳以上の方(応募時点)または日本に本店を有する法人に限る
※応募者の性別、職業、国籍は不問。事務局からの連絡は日本語でのみ対応
※法人が権利を有する作品については、「法人応募」を選択の上応募すること
【審査基準】
・環境への優しさを配慮した魅力的なデザイン
・持続可能な社会への貢献
・ユーザビリティーと体験価値の革新性
・製品化の実現性、市場性
【賞金】
・グランプリ(1点):100万円
・優秀賞(3点):15万円
・菱華産業賞(10点):3万円
https://www.miraiwood.com/material/