ライフスタイルブランド「SANU」が問いかける、自然と共に生きる暮らし...

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「SANU 2nd Home」は、都心から約1時間半~3時間というアクセスしやすいロケーションで、オリジナルの木造建築「SANU CABIN」に月額5.5万円で滞在することができるサブスクリプションサービス。人と自然が共生する社会の実現を目指すライフスタイルブランド「SANU」が展開する同サービスは、2021年4月の先行申し込み受付時には1,500名以上の応募があり、すでに会員枠は満員のため現在ウェイティング登録を受け付けているほどの注目を集めている。

「Live with nature./自然と共に生きる。」をコンセプトに掲げるSANUは、CO2排出量の削減や、SANU CABINの建設と同時に植林を進めるなど、事業の拡大と共に自然にプラスの影響を与える“リジェネラティブ”な建築を目指している。

SANUのファウンダーでありブランドディレクターの本間貴裕さんと、設計・施工パートナーを務めるADX代表取締役の安齋好太郎さんに、SANUのコンセプトを体現するサービスが生まれるまでのプロセスや、SANU CABINの建築、新しい価値観を発信するライフスタイルブランドとしての今後についてお話を伺った。

SANU CABINの外観

SANU CABINの外観

「缶蹴り」のようにスタートした、自然を壊さないためのビジネス

––SANUを立ち上げたきっかけについて教えてください。

本間貴裕さん(以下、本間):共同創業したCEOである福島弦とファウンダーの僕は、ふたりとも自然の中で遊ぶのが好きで、一緒に海や山などに行って遊んでいるうちに「なにか一緒に事業を起こそう」と話しはじめたのが、SANUが生まれる最初のきっかけでした。

<strong>本間貴裕</strong> SANUファウンダー、 ブランドディレクター 2010年、「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」を理念に掲げ、ゲストハウス・ホステルを運営するBackpackers’ Japanを創業。同年、古民家を改装したゲストハウス「toco.」(東京・入谷)をオープン。その後「Nui. HOSTEL &amp; BAR LOUNGE」(東京・蔵前)、「Len」(京都・河原町)、「CITAN」 (東京・日本橋)、「K5」(東京・日本橋)をプロデュース、運営する。現SANU Founder 兼 Brand Director。福島県会津若松市出身。サーフィンとスノーボードがライフワーク。

本間貴裕 SANUファウンダー、 ブランドディレクター 2010年、「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」を理念に掲げ、ゲストハウス・ホステルを運営するBackpackers’ Japanを創業。同年、古民家を改装したゲストハウス「toco.」(東京・入谷)をオープン。その後「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」(東京・蔵前)、「Len」(京都・河原町)、「CITAN」 (東京・日本橋)、「K5」(東京・日本橋)をプロデュース、運営する。現SANU Founder 兼 Brand Director。福島県会津若松市出身。サーフィンとスノーボードがライフワーク。

僕は福島県の会津若松出身で、子どもの頃から自然の中で遊んでいたんですよね。小学校低学年からスキーをしていて、中学2年生からはスノーボードをはじめて、電車で20分くらいのところにある猪苗代湖に行って、駅からスキー場への送迎バスに乗って山に滑りに行っていました。いまではスキーとスノーボードに加えて、夏はサーフィンに海へ出かけますし、最近はフライフィッシングもはじめたので、一年を通して自然の中で遊んでいます。

––本間さんはBackpackers’ Japanの創業や宿泊施設のプロデュースなど、さまざまなお仕事を手がけていますが、働きはじめてからも自然の中で遊ぶことは日常的だったんですか?

本間:そうですね。Backpackers’ Japan時代も、いまほどの頻度ではないですが、よく海や山には足を運んでいました。東京や京都、大阪で宿泊施設をつくっていたので、基本的には都会で仕事をしていましたが、それでも週に1、2回は自然に触れていましたね。

10年ほどそういう生活を続けていたんですが、もっと自然の中に入りたいなという思いが強くなっていたんです。僕には8歳と6歳の息子がいるんですが、子どもを育てるにあたって、自分だけが自然の中で遊ぶより、家族も一緒に遊べる方がいいなと思うようになり、自然と関わる仕事をしたいと考えるようになりました。僕の性格上、オンとオフを分けて考えるのがあんまり好きじゃなくて、365日好きなことだけを考えていられるためには、自然のことを仕事にしようと思ったんです。

そんな時期に福島と出会い、一緒に事業をやろうと話していく中で、おのずと「自然を壊したくないよね」という話が出てきたんですね。自然が好きだからこそ、壊さないためのビジネスがしたい。むしろ、ビジネスを通して回復するようにしたいよねと。まだSANUが具体的になる前からそんな話をしていましたね。

––設計・施工パートナーであるADXの安齋(好太郎)さんとの出会いはいつでしたか?

本間:僕は福島大学に通っていたんですが、好太郎さんは大学時代に福島市のクラブでDJをやっていたんですよね。福島に住む感度の高い人はみんな行くような、福島の中では有名なイベントで。その時は直接のつながりはなかったんですが、Backpackers’ Japan時代のプロジェクトで出会ったのがはじめてでした。

その後、日本橋のホテル「K5」をつくる時に、ローカルアーキテクトとして好太郎さんたちADXに参加してもらったのが、一緒に仕事をした最初の機会でした。K5は、スウェーデンのCKRという会社がデザインを担当、好太郎さんには設計施工をお願いしていて。難しい局面もあったプロジェクトでしたが、楽しく仕事ができたので、また一緒になにかやろうぜって話していたんですよね。

––ADXは「森と生きる」をフィロソフィーとして掲げられています。これまでの歩みについてお聞かせいただけますか?

安齋好太郎さん(以下、安齋):ADXは今年創業67年目。祖父が興した工務店がスタートで、僕は三代目として代表を務めています。福島にヘッドオフィスがあり、僕の代からは施工だけではなく設計までを一気通貫して手がけていて、木造建築を中心に取り組んでいます。

<strong>安齋好太郎</strong> 1977年福島県二本松市にて、祖父の代から続く安斎建設工業の3代目として生まれる。 自然と共生するサスティナブルな建築を目指し、2006年にADX(旧Life style工房)を創業。木の特色を活かし、木の新しい可能性を追求したダイナミックな建築を得意とする。 幼い頃から木に触れて育ったことから木材・木造建築に造詣が深いことで知られ、Wood Creatorとして国内外の大学や企業で講演活動を行う。登山がライフワーク。

安齋好太郎 1977年福島県二本松市にて、祖父の代から続く安斎建設工業の3代目として生まれる。 自然と共生するサスティナブルな建築を目指し、2006年にADX(旧Life style工房)を創業。木の特色を活かし、木の新しい可能性を追求したダイナミックな建築を得意とする。 幼い頃から木に触れて育ったことから木材・木造建築に造詣が深いことで知られ、Wood Creatorとして国内外の大学や企業で講演活動を行う。登山がライフワーク。

––ADXという社名にはどんな意味が込められているのでしょうか?

安齋:もともとは「ライススタイル工房」という名前だったんですが、もっと視座を広げて、俯瞰しながらものをつくっていけるような、普遍的な名前にしたいと思い、福島の「安達太良山」をアルファベット三文字で表現しました。森は木造建築をつくるための材料と資原であり、我々は森からインスピレーションを受けてスケッチを描き、建築をつくっていく。我々の軸足である設計と施工はもちろん、山を大切にすることを考えながら僕たちは仕事をしています。

––会社のフィロソフィーはどのように生まれたんですか?

安齋:会社のフィロソフィーについてはずっと考えていたのですが、2年ほど前に「森と生きる」という言葉を掲げました。木造建築が大好きな僕たちにとって、木という存在は空気みたいなもので、わざわざ「森と生きる」なんて言わなくても、木は当たり前にあるものだったんですが、自分たちが考えていることをきちんと伝えるべきなんじゃないかと考えて、この言葉で表現しています。

––おふたりはお互いのお仕事についてどのように思っていましたか?

本間:僕は仕事よりも個人に興味があるので、木が好きな人なんだろうなっていう印象でしたね。本当に、木の話しかしない(笑)。

安齋:僕もそうですね。本間くんといえば、めちゃくちゃ楽しくていいやつ。その言葉がすべてで、楽しいやつと仕事がしたいし、彼が思い描いていることのお手伝いをしたい。ただそれだけ。近い距離にいれば言葉の節々から自然への愛が伝わってきますし、そもそも肌感が合わないと一緒にいないわけで。

本間さん、安齋さん

本間:お互い自然が好きなのはもちろんですが、美しいものが好きっていうのもあるよね。建築でもなんでも、大量生産ではなくて長く残るものを丁寧につくりたいという思考も同じで。K5の時もそうでしたが、事前に詳細な話は特にせずに、「缶蹴りしようぜ」みたいな感じで誘いました(笑)。

安齋:本間くんが相談に来たその場でばーっと絵を描いて、「つくりたいのってこれじゃないの?」って話していましたね。想像したら勝手に手が動くので。

本間:好太郎さん、最初から飛ばしてるなぁって思いながら(笑)、やばいねって話していました。

資本主義の次を見るためのビジネス

––「Live with nature/自然と共に生きる」というコンセプトはどのように決められたんですか?

本間:会社を設立したのは2019年の11月で、2020年の6月にセカンドホームの事業をやると決めたんですが、それまでの期間はコンセプトについて話すことしかしていなかったですね。毎日10時間くらい福島と話し続けて、暇になった日は一度もないです。

出発点としては、ビジネスをやることは本当に正解なのかっていうところからで。自然が好きで、自然を壊したくないんだったら、農家になって自然の隣で慎ましく生きていくことが地球にとって一番いいんじゃないかということも真剣に考えました。でも、それだと発信力がないので、僕らは変わることができても、世界は変わらない。

本間さん、安齋さん

福島と僕は30代半ばで、いまは体力もあって、社会に対してなにかを大きく仕掛けられるベストなタイミングだよねというのは話していて。自分たちがベストを尽くして、ビジネスとして大きな規模で展開していく中で、自然を壊さずに、大切にすることを実現していきたいと考えたんです。

これまでは、自然に悪影響を与えていたものを、100%から60%にしただけで「エコ」だと言われてたんですが、これからの時代はそうは言っていられないですよね。どうしたらプラスに転じていけるのかを考えるのが、僕らの時代の本当のエコの指針になるので、そのためにはなにが必要で、どういうビジネスモデルにすればいいのかをずっと話していました。

人に話を聞きにいったり、本を読むことで、哲学や思想なども参考にしましたね。その中で考えたのは、資本主義が現状の社会のルールなので、資本主義から逸脱してしまったら、社会を変えることはできないということ。バスケットボールのルールを変えたいのであれば、トッププレイヤーになって意見ができるようになった方がいいですよね。それと同じで、資本主義をちゃんと利用しながら発信できた方がいいんじゃないのかと。

福島はビジネスの力を信じていて、僕はクリエイティブやデザインの力を信じているので、2人が互いに引っ張り合うことで、資本主義に翻弄されないビジネスができるんじゃないかと考えました。多分、70枚くらい企画書を書いて、言語化していくプロセスの中で定まっていったのが「Live with nature./自然と共に生きる。」というコンセプトでした。

自然の中での生活をリーズナブルに

––セカンドホームのサブスクリプションサービスとして展開する構想はどのように生まれたのですか?

本間:コロナの緊急事態宣言の時に、もし東京がロックダウンになったら海に入れないし、山にも行けないかもしれないと思って、千葉県長生郡の一宮町に小さな家を借りたんですが、その時の生活がすごく良かったんです。昼間はZoomでミーティングをして、朝晩は海に入って。お花屋さんとかもその頃は開いてなかったので、道端の花を摘んできてコップに挿したり、そんな生活がすごく居心地よくて。

その時に、海沿いに住むのもいいなって思ったんです。とはいえ拠点は東京にあるので、家族や仕事もありますし、移住はハードルが高い。家を買うにしても賃貸するにしても、Wi-Fiの契約やガスの開通など、初期投資がかかりますよね。かといってホテルに泊まるにしても、行きたい時には空室がなかったり、繁忙期には値上がりしてしまう。

気軽に訪れられて、そこで自分の生活を営むことがクレジットカード一枚でできればいいのにって、探してみたんですけどそういうサービスがなくて。だったら、自分たちがやろうって思ったのがはじまりでした。

これまでも僕は自分のためにプロダクトをつくってきているところがあって。Backpackers’ Japanをつくったのも旅がしたかったからだし、宿泊施設をつくったのも、自分がいいと思うホテルに泊まりたかったから。SANU 2nd Homeをはじめたのも、自然の中で自分の生活を営むことのハードルを下げて、リーズナブルにはじめられる仕組みを、自分が欲しかったからなんですよ。

––月額5.5万円で使うことができるのはかなりリーズナブルだと思います。

本間:そうなんです。日本における別荘の使用状況って、統計上365日中30日しか使われていないんですよね。大抵の別荘は、使われないうちに蜘蛛の巣が張って蛇口も錆び付いてたりして、メンテナンスしたとしてもまたすぐに使わなくなってしまいます。自分自身もSANU CABINをかなりの頻度で使っているんですが、行くたびに毎回綺麗で、本当に素晴らしいなと思って(笑)。すごく単純なことですが、自分の別荘に行って毎回綺麗な状態で使えるってすごいことだと思うんです。

––安齋さんは、「自然と共に生きる」というコンセプトとセカンドホームというアイデアについてどんな印象を抱きましたか?

安齋:めちゃくちゃいいなって思いましたね。67年目の工務店をやっている中で、実は先代である祖父や親父が建てた住宅が、その後メンテナンスされずに空き家になり、廃墟になってしまった景色を見て、住宅をつくることに臆病になっていたんです。つくる時には莫大なエネルギーやお金をかけるのに、たった数十年で誰も見向きもしない廃墟になるなんて、悲しくて。

安齋さん

一方で、自然の中にもっと人が入って欲しいなとは思っていたので、SANU 2nd Homeの話を聞いた時に、これは素晴らしいなと。サブスクリプションとしてきちんとお金がシェアされて、その分メンテナンスできるのは素晴らしいことですし、建築の寿命を全うするシステムができるので、これはもうやるべきだと思いましたね。SANUが目指していくことに対して、僕らはいままでやりたかったのにやれなかったことをぶつけるような思いで取り組みました。

木とハイタッチができる、自然が主役の建築

––SANU CABINをつくるにあたってはどのようなことから話しはじめたんですか?

本間:僕から好太郎さんには、三つしか条件を伝えてなかったんですよね。まずは、セカンドホームなので生活ができる機能が欲しいということ。次に、あまり木を伐採せず、自然を壊さずにつくること。そして、あくまで自然が主役であることの三つです。

SANU CABINのデザインを考えるにあたって、どんなに突き詰めたとしても、現地の植物の美しさには人間はかなわないと思ったんですよね。植物は環境を受け入れた上でそれぞれのかたちを成しているので、デザインというものの極まったところにあるなと。山のかたちや川の流れも、ある意味デザインの究極系だと思うんです。人間がつくるかたちは残念ながらそれらには及ばないことが多いので、だったら自然の美しさを愛でるための白い器でありたい。そういったことを好太郎さんに伝えたら、ばーっと案を出してきて(笑)。その勢いに圧倒されて僕らもそのまま走っていった感じです。

当初の僕らの想像としては、四角形でシンプルなかたちになるのかな思っていて、好太郎さんからもらった最初の案のパースはそんな感じだったんですけど、実は、いざプレスリリースの直前というタイミングで急に差し替えてきたんですよね(笑)。

安齋:作戦勝ちでしたね(笑)、最初の案も、本間くんたちが考えていることに忠実につくってはいたんですが、一方でずっと別案があったんですよ。紙の裏側にずっと絵を描いている状態。リリース直前になって、「本間くん、実は絶対こっちの方がいいと思うんだよね」ってすり替えたっていう(笑)。僕たちは信じているものが同じだったので、こっちの案がより良いはずだっていう確信があったんです。

初期のパース画像

初期のパース画像

SANU CABINのパース画像

SANU CABINのパース画像

本間:いや、実際その案が本当に秀逸で。たとえば、iPhoneが世の中に最初に出てきた時に、タッチパネルって使いづらそうだなとか、いいものなのかどうかって正直わからなかったじゃないですか。本当にいいものって、使い続けないとそのかっこよさがわからないというか、見た瞬間には疑問符がつくものだと思うんですね。好太郎さんのデザインも、「この台形のもたっとした感じはかっこいいのか?」って、最初はわからなかったんですよ。

僕らのオーダーは確かにすべて網羅されているし、構造的にも理にかなっている。最初は、どうやら良いらしいぞぐらいの感覚だったんですが、見続けていると「これはたぶん相当かっこいいな」と思うようになって。

その後、ウッドショックなどさまざまな課題があり、本当にこのまま完成できるのかなって場面が、大袈裟じゃなく100回くらいあったんですけど、いまこうやってSANU 2nd Homeのオリジナリティを確立できているのは、建築によるところは大きいですね。それはもうデザインのなせる業だと思います。

安齋:いまスケッチを数えてみたら、完成案ができるまでに131枚のプランがありました。台形にしている理由は、木は頭が大きくて足が細いので、四角い建物を樹間に建てようとすると、木の頭が建物にぶつかってしまい、木を切るしかなくなってしまうからなんです。台形にすれば頭がぶつからないので、切る必要がなくなりますよね。

SANUが掲げる「自然と共に生きる」というコンセプトをADXが解釈して建築で表現するとすれば、建物のぎりぎりのところまで枝が伸びていて、ベランダに出れば木とハイタッチができるような建物があってもいいんじゃないかと思ったんです。

リリースの裏で密やかに進められていた台形のデザインのためのスケッチ

リリースの裏で密やかに進められていた台形のデザインのためのスケッチ

本間:ほんと、木が好きですよね(笑)。実際に木とハイタッチができますから。八ヶ岳のSANU CABINとか、大木がすぐそばに立っているんですけど、よく切らないでやれたよね。

安齋:建物をつくる上で、通常は地面を掘って基礎工事を行うのですが、木の足元には、頭と同じくらいの大きさの根が張っているんです。なので、幹との距離が近すぎる場所を掘ってしまうと、根が傷いて木が死んでしまう。

SANU CABINでは「基礎杭工法」という手法を新たに開発し、極力土壌に変化を与えずに工事を行なっています。基礎杭工法では、根を傷つけないように、根と根の間に20cmほどの杭を打ち込み、高床をつくることでその上に建物を建てていきます。そうすれば建設前と変わらず建物の下を風や水が流れていくので、周囲の生態系を維持することもできます。

––工法の開発といった、つくり方自体をつくることは、ADXにとっては当たり前なのでしょうか?

安齋:やり方がないのであれば、つくればいいと我々は考えていて。先人が考えたことをアップデートしていかないと未来をつくることができないので、自分でより良いやり方をつくっていこうと社内でも常々話しています。

本間:杭を打つ機械も自分たちでつくっていたので、本当に木が好きじゃないとあんなことできないですよ。

安齋:一棟目は、ADXの設計スタッフ5人くらいが自ら手を動かしてつくって、徐々にプロの職人さんたちが現場に入っていき、トライアンドエラーを続けているので、現在までにかなりアップデートされているんですよ。たとえばドアハンドルひとつとっても、前よりも使いやすくするにはどうすればいいだろうと考えてアップデートしているのも、SANU 2nd Homeの新しいスタイルだと思います。

本間:僕もそれには共感していて、僕自身、ゲストハウスやホテルをつくる時は、最初は自分で壁を立てて、ドアをつくったり、フローリングを貼ったり、腰袋を持ってやっていたんですよね。もちろん、僕は大工さんじゃないのでクオリティは落ちるんですけど、自分でやってみないと大工さんたちの大変さはわからないので。

SANUをつくることを決めた時も、最初にカメラを買ったんです。写真を撮ってみないと、クリエイティブとして発表する写真を撮影してくれるフォトグラファーさんの大変さがわからないので。プロの人を超えようと思っているわけじゃなくて、実際に手を動かしてみることで、どのぐらい大変なのかをちゃんと知りたいというこだわりがあって、そこは好太郎さんをはじめADXのみなさんと共通するところだと思います。

取材場所となったオフィスの裏にある公園にて

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